30 年ほど前には、「オリーブオイルは匂いが気になるし、しつこいなあ」というのが、日本の家族や友人がスペインを訪れた際に言っていたことでした。「やっぱり、日本人には醤油味が合うね」と小瓶を持参された方もたくさんおられました。それが、ここ近年では「オリーブオイルは健康に良い」というキャッチフレーズで、日本のどこのスーパーにでも置いてあるのには正直なところ驚きでした。
せっかく食べるのなら、身体に優しいものを!


地中海料理が見直され、パエリャ(paella)もスペインオムレツ(tortilla española=トルティーリャ・エスパニョーラ)も一般的になり、どんな町にもタパス・バーが目につく現在、日本同様、スペインでも食材の安全性が見直され、健康志向も上がってきています。それに伴い、スーパーの野菜コーナーではなく、野菜を栽培して直営販売している個人商店や、畑から直接野菜をお届けします、といったサービスが数年前から流行しています。
先月号では音楽の話をしました。
今月は、その時のエリさんとパトリシさん、そして娘のカロラさんが再び登場です。
エリさんとパトリシさんが、車がないとパンすら買いに行けない、という草原の集落に一軒の家を見つけ、賃貸契約を結んでかれこれ 8 年になるでしょうか。その契約内容は「家の修繕費は家賃と相殺する」ということで、家が傾かないように修繕してくださるならば、ありがたい、という大家さんの考え方によりバルセロナ市内では考えられない廉価なものとなったそうです。もともと兄弟姉妹 10 人以上の大家族で育ったエリさんは、子供の頃からお母さんの料理のお手伝いや弟や妹たちの面倒をみて過ごしましたので、今でもとっても働き者です。この田舎の村に住む前も、別荘として借りた農園の家で、週末ごとに大自然を満喫する生活をしていました。それも、この二人は若くして結婚し、バレンシアの農園でのオレンジの摘み取りを始め、野菜の収穫などをしながら、カロラさんを育てたということで、当時の貧乏生活(!?)によって培われた創意工夫により、たいていのものは自分たちで作ってしまう、というエコ精神に溢れているのです。

最初の年は、まず家の改修。スペインは温暖な気候なのでしょう、と聞かれることが度々ありますが、それは地中海沿岸だけ。日本は南北に長い国ですが、スペインのあるイベリア半島は四角い感じで、スペイン自体は逆三角形。南部と東部は地中海、北部と西部は大西洋に面しています。ですので、地方によって気候は様々です。エリさんとパトリシさんの引っ越した所は、バルセロナから内陸に 100 キロほどの、乾燥した気候で、北にピレネー山脈があるため、冬は雪が降ることもあるのです。新居では、まずは二階の天井に断熱材を取り付けることから始まりました。日本の家屋と違うのは、石造りということ。ただ、昔の建物の場合、梁が木造であったりするため、その点検も必要でした。地下は貯蔵庫として使われていたのか、それとも倉庫としてなのか、迷路のように入り組んでいます。ネズミも入ってきていたので、その退治と侵入経路を塞いだり、都合 3 階建ての建物のメンテナンスは並大抵のものではなかったのですが、大工仕事も得意なパトリシさんは、下手な大工さんよりも几帳面な仕事をする人で、床や壁も次々と修理していくのです。そんな一年が過ぎ、家が快適になると同時に、
まずは敷地内の土地を耕し始めたのです。家庭菜園のようなもので、近所の畑を参考に作物が選ばれました。週に一度市場へ買い物に行く日には、肉や魚を買い込み、小分けにして冷凍保存。そして自分の菜園で栽培していない野菜は市場で購入。それ以外は、ちょいと庭に出て、その日のおかずが出来上がり、という生活を始めました。

住む人の少ない田舎の村には、休耕地もたくさんあります。
日課の散歩では、いろいろな道を通り、どこに何が栽培されているのかを研究。週末にこの村に戻り畑仕事をする隣人や、エコライフを目指し住み着いた若いカップルなどと交流を持つようになりました。そこで、ご近所さんの話を基に休耕地の持ち主を探し出し、こちらも有機栽培の農業のために土地を貸していただけないか、という交渉を続け、少しずつ畑を増やしていったのです。問題は水。昔は農作地として使われていた土地には、元々古い井戸がついているのですが、長い間誰もメンテナンスをしていないため、休耕地の井戸は枯れていました。そこで、古い井戸の掃除をし、水を汲み出すシステムを研究し、試作を数回重ね、ついに井戸から水を汲み出すことに成功したのです。

生鮮食品も自給自足にしよう、ということで畑の片隅にニワトリ小屋が作られ、雌鶏を飼い始めました。最初は 4〜5 羽だったのが、成功すると数が増え、面白いように卵を産むようになったということで、「じゃあ、卵を売ったら良いんじゃない?」と言ったところ、彼らも心得ていて、すでに調査済み。販売する卵は、保健所の厳しい審査を通さなければならないので、許可を得るのは難しいのだそうです。販売はできないのだけれど、プレゼントすることはできるので、彼らの家に行く度に必ずお土産がもらえ、卵ご飯が食べられたのは、嬉しかったです。もちろん、彼らの家でいただくトルティーリャ・エスパニョーラも、それはそれは美味しいのです。
田舎生活 3 年が過ぎた頃から、徐々に借農地は増えていき、収穫する作物の種類も増えていきました。玉ねぎ、じゃがいも、ニンニクはもちろんのこと、ビーツや人参、アーティチョーク(アザミの花)、ほうれん草やレタス、バジルやパセリなどの香菜、などなどほとんどの野菜が出来ます。そして、メインはトマト。ご存知の通り、トマト栽培にはあまり水が要らないので、彼らの住む乾燥した土地での栽培が可能です。数種のトマトを植えるので、夏が過ぎるとたくさんのトマトの収穫があります。毎日決まった数だけ順番に完熟して行くのならありがたいですが、そうはいきません。鈴なりのトマトの収穫は楽しいのですが、収穫したトマトを何にするか…、これが彼らの課題となったのです。
水煮やソースを作り、冷凍にしたり、瓶詰めにしたりして保存をする、というのが普通ですが、それじゃあ、誰もかれもが家庭でしているやり方です。乾燥したこの大地を使った「なにか」が出来ないだろうか」と考えたのがこの二人。「この太陽を利用できないだろうか?」
そこで考案されたのが、太陽熱を使っての乾燥機。ここにニンニク、ズッキーニ、ナス、トマトなどの野菜が入れられ、彼らの住むセガーラ地方の強烈な太陽によって乾燥されるのです。その野菜たちがどうなるか、というと、後にパテとして調理され、瓶詰めされます。通常、「パテ(スペイン語では paté。 フランス語源で pâté)」というと、肉や魚で作られたものを想像しますが、エリさんとパトリシさんの立ち上げた「Ull Viu(ウイヴィウ。カタラン語で、生き生きとした瞳、の意味)」のパテは違います。そうです、有機栽培の野菜でできた、優しいパテなのです。このパテは、トーストしたパンにそのまま塗って手軽に食べられるのが嬉しいです。


あとの一品は、サンファイナソースです。Samfaina と書き、バレンシア始め、地中海の料理で、こちらは野菜やハーブで煮込まれたソースで、主に肉料理の付け合わせとして食されます。平日はバルセロナに働きに出るエリさんの週末の仕事がソース作り。作って、即食卓に、ではなく、瓶の消毒に始まって、詰め込み、真空にするための湯せん、冷えたらラベルを貼り、という行程もすべて手作業。パトリシさんは畑に出て野菜や鶏の世話、新しいキッチンの工事など、やはり休む間も無く働いています。そこで登場するのが、娘、先月登場した歌姫カロラさんです。生物学の資格を持ち、普段はバルセロナのラボラトリーで研究に携わるかたわら、週末はご両親の家に行き、作業に参加です。また、このために本草学を学び、野原の薬草、ハーブを使った基礎化粧品の製造にもトライしています。

エコな生活を、をモットーとして始めた大自然の中での田舎生活の日常を、ビジネスとして発展させて行くのは並大抵の努力ではできないもの。この 2 人が、それを楽しんでいるところをご紹介したいと思い、今月のテーマとしました。もちろん、楽しいことばかりではありません。辛いこと、苦しいことも日々の生活では出てきます。ただ、そこで立ち止まってはいけないんだ、と教えてくれるのが、大自然なのです。その「辛」「苦」の部分さえ、「歓」「喜」に変えて行く彼らの哲学に支えられてきたバルセロナの生活だったように思います。
27 年もバルセロナで生きていたなんて、すごいですね、と言われることがあります。すごくはないのです。ただ、こういう素敵な人たちに色々なことを教えてもらい、支えてもらっての日々があったからこそ、今の自分がいるのです。ありがたいことですね。
さて、来月は、カタルーニャ地方の春のお祭り、4 月末のサン・ジョルディを現地レポートしてきますね!
¡Te deseo mucha suerte!
(あなたに大きな幸運を祈ります! の意味)

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