2017/04/04 業界コラム 杉田 美保子 スペインの知られざる文化 No.6 スペイン語通訳・翻訳 / スペイン語講師 杉田 美保子 スペイン・バルセロナ滞在27年を経て、2015年に帰国。...もっと見る スペイン・バルセロナ滞在27年を経て、2015年に帰国。 石川県金沢市でスペインの生活や、スペイン語の楽しさを細々と伝授中。「故郷」バルセロナとはリモートでの繋がりが中心となっている中、余暇に畑を耕したりしながら、日本の生活も楽しんでいる。 京都のバルセロナ文化センターのスタッフとしても、どのようにしてスペイン語の面白さをみなさんに伝えられるか、日々模索中。 スペインの教育文化スポーツ省認定のスペイン語能力試験 DELE の C1(上級)所持。 30 年ほど前には、「オリーブオイルは匂いが気になるし、しつこいなあ」というのが、日本の家族や友人がスペインを訪れた際に言っていたことでした。「やっぱり、日本人には醤油味が合うね」と小瓶を持参された方もたくさんおられました。それが、ここ近年では「オリーブオイルは健康に良い」というキャッチフレーズで、日本のどこのスーパーにでも置いてあるのには正直なところ驚きでした。 せっかく食べるのなら、身体に優しいものを!エリさんとパトリシさんの引っ越した村。春の風景も素晴らしいオリーブの栽培も盛んなスペイン。 この村にもオリーブ畑が続く地中海料理が見直され、パエリャ(paella)もスペインオムレツ(tortilla española=トルティーリャ・エスパニョーラ)も一般的になり、どんな町にもタパス・バーが目につく現在、日本同様、スペインでも食材の安全性が見直され、健康志向も上がってきています。それに伴い、スーパーの野菜コーナーではなく、野菜を栽培して直営販売している個人商店や、畑から直接野菜をお届けします、といったサービスが数年前から流行しています。 先月号では音楽の話をしました。 今月は、その時のエリさんとパトリシさん、そして娘のカロラさんが再び登場です。 エリさんとパトリシさんが、車がないとパンすら買いに行けない、という草原の集落に一軒の家を見つけ、賃貸契約を結んでかれこれ 8 年になるでしょうか。その契約内容は「家の修繕費は家賃と相殺する」ということで、家が傾かないように修繕してくださるならば、ありがたい、という大家さんの考え方によりバルセロナ市内では考えられない廉価なものとなったそうです。もともと兄弟姉妹 10 人以上の大家族で育ったエリさんは、子供の頃からお母さんの料理のお手伝いや弟や妹たちの面倒をみて過ごしましたので、今でもとっても働き者です。この田舎の村に住む前も、別荘として借りた農園の家で、週末ごとに大自然を満喫する生活をしていました。それも、この二人は若くして結婚し、バレンシアの農園でのオレンジの摘み取りを始め、野菜の収穫などをしながら、カロラさんを育てたということで、当時の貧乏生活(!?)によって培われた創意工夫により、たいていのものは自分たちで作ってしまう、というエコ精神に溢れているのです。 石造りの家の壁も、野菜たちのために使われる 最初の年は、まず家の改修。スペインは温暖な気候なのでしょう、と聞かれることが度々ありますが、それは地中海沿岸だけ。日本は南北に長い国ですが、スペインのあるイベリア半島は四角い感じで、スペイン自体は逆三角形。南部と東部は地中海、北部と西部は大西洋に面しています。ですので、地方によって気候は様々です。エリさんとパトリシさんの引っ越した所は、バルセロナから内陸に 100 キロほどの、乾燥した気候で、北にピレネー山脈があるため、冬は雪が降ることもあるのです。新居では、まずは二階の天井に断熱材を取り付けることから始まりました。日本の家屋と違うのは、石造りということ。ただ、昔の建物の場合、梁が木造であったりするため、その点検も必要でした。地下は貯蔵庫として使われていたのか、それとも倉庫としてなのか、迷路のように入り組んでいます。ネズミも入ってきていたので、その退治と侵入経路を塞いだり、都合 3 階建ての建物のメンテナンスは並大抵のものではなかったのですが、大工仕事も得意なパトリシさんは、下手な大工さんよりも几帳面な仕事をする人で、床や壁も次々と修理していくのです。そんな一年が過ぎ、家が快適になると同時に、 まずは敷地内の土地を耕し始めたのです。家庭菜園のようなもので、近所の畑を参考に作物が選ばれました。週に一度市場へ買い物に行く日には、肉や魚を買い込み、小分けにして冷凍保存。そして自分の菜園で栽培していない野菜は市場で購入。それ以外は、ちょいと庭に出て、その日のおかずが出来上がり、という生活を始めました。 廃物を利用して完成した井戸。 雨の日にはインターネットで情報蒐集してついに完成住む人の少ない田舎の村には、休耕地もたくさんあります。 日課の散歩では、いろいろな道を通り、どこに何が栽培されているのかを研究。週末にこの村に戻り畑仕事をする隣人や、エコライフを目指し住み着いた若いカップルなどと交流を持つようになりました。そこで、ご近所さんの話を基に休耕地の持ち主を探し出し、こちらも有機栽培の農業のために土地を貸していただけないか、という交渉を続け、少しずつ畑を増やしていったのです。問題は水。昔は農作地として使われていた土地には、元々古い井戸がついているのですが、長い間誰もメンテナンスをしていないため、休耕地の井戸は枯れていました。そこで、古い井戸の掃除をし、水を汲み出すシステムを研究し、試作を数回重ね、ついに井戸から水を汲み出すことに成功したのです。 近所には野生の動物や、放し飼いの猫たちが闊歩する。 危険から雌鶏を守るため、ストレスをためないように 広い鳥小屋が必要だ生鮮食品も自給自足にしよう、ということで畑の片隅にニワトリ小屋が作られ、雌鶏を飼い始めました。最初は 4〜5 羽だったのが、成功すると数が増え、面白いように卵を産むようになったということで、「じゃあ、卵を売ったら良いんじゃない?」と言ったところ、彼らも心得ていて、すでに調査済み。販売する卵は、保健所の厳しい審査を通さなければならないので、許可を得るのは難しいのだそうです。販売はできないのだけれど、プレゼントすることはできるので、彼らの家に行く度に必ずお土産がもらえ、卵ご飯が食べられたのは、嬉しかったです。もちろん、彼らの家でいただくトルティーリャ・エスパニョーラも、それはそれは美味しいのです。 田舎生活 3 年が過ぎた頃から、徐々に借農地は増えていき、収穫する作物の種類も増えていきました。玉ねぎ、じゃがいも、ニンニクはもちろんのこと、ビーツや人参、アーティチョーク(アザミの花)、ほうれん草やレタス、バジルやパセリなどの香菜、などなどほとんどの野菜が出来ます。そして、メインはトマト。ご存知の通り、トマト栽培にはあまり水が要らないので、彼らの住む乾燥した土地での栽培が可能です。数種のトマトを植えるので、夏が過ぎるとたくさんのトマトの収穫があります。毎日決まった数だけ順番に完熟して行くのならありがたいですが、そうはいきません。鈴なりのトマトの収穫は楽しいのですが、収穫したトマトを何にするか…、これが彼らの課題となったのです。 水煮やソースを作り、冷凍にしたり、瓶詰めにしたりして保存をする、というのが普通ですが、それじゃあ、誰もかれもが家庭でしているやり方です。乾燥したこの大地を使った「なにか」が出来ないだろうか」と考えたのがこの二人。「この太陽を利用できないだろうか?」 そこで考案されたのが、太陽熱を使っての乾燥機。ここにニンニク、ズッキーニ、ナス、トマトなどの野菜が入れられ、彼らの住むセガーラ地方の強烈な太陽によって乾燥されるのです。その野菜たちがどうなるか、というと、後にパテとして調理され、瓶詰めされます。通常、「パテ(スペイン語では paté。 フランス語源で pâté)」というと、肉や魚で作られたものを想像しますが、エリさんとパトリシさんの立ち上げた「Ull Viu(ウイヴィウ。カタラン語で、生き生きとした瞳、の意味)」のパテは違います。そうです、有機栽培の野菜でできた、優しいパテなのです。このパテは、トーストしたパンにそのまま塗って手軽に食べられるのが嬉しいです。 パトリシさんの仕事は、一つ一つ手で確実に。その結果がこの野菜たち。収穫された野菜はもちろんのこと、庭で採れた アーモンドの実も、大切なソースの材料だあとの一品は、サンファイナソースです。Samfaina と書き、バレンシア始め、地中海の料理で、こちらは野菜やハーブで煮込まれたソースで、主に肉料理の付け合わせとして食されます。平日はバルセロナに働きに出るエリさんの週末の仕事がソース作り。作って、即食卓に、ではなく、瓶の消毒に始まって、詰め込み、真空にするための湯せん、冷えたらラベルを貼り、という行程もすべて手作業。パトリシさんは畑に出て野菜や鶏の世話、新しいキッチンの工事など、やはり休む間も無く働いています。そこで登場するのが、娘、先月登場した歌姫カロラさんです。生物学の資格を持ち、普段はバルセロナのラボラトリーで研究に携わるかたわら、週末はご両親の家に行き、作業に参加です。また、このために本草学を学び、野原の薬草、ハーブを使った基礎化粧品の製造にもトライしています。 エコな生活を、をモットーとして始めた大自然の中での田舎生活の日常を、ビジネスとして発展させて行くのは並大抵の努力ではできないもの。この 2 人が、それを楽しんでいるところをご紹介したいと思い、今月のテーマとしました。もちろん、楽しいことばかりではありません。辛いこと、苦しいことも日々の生活では出てきます。ただ、そこで立ち止まってはいけないんだ、と教えてくれるのが、大自然なのです。その「辛」「苦」の部分さえ、「歓」「喜」に変えて行く彼らの哲学に支えられてきたバルセロナの生活だったように思います。 27 年もバルセロナで生きていたなんて、すごいですね、と言われることがあります。すごくはないのです。ただ、こういう素敵な人たちに色々なことを教えてもらい、支えてもらっての日々があったからこそ、今の自分がいるのです。ありがたいことですね。 さて、来月は、カタルーニャ地方の春のお祭り、4 月末のサン・ジョルディを現地レポートしてきますね! ¡Te deseo mucha suerte! (あなたに大きな幸運を祈ります! の意味) スペインの風景写真(セガーラ地方の広大な風景は春の色。夕焼けの赤とのコントラストは感動もの) この記事に関するお問い合わせはこちら 問い合わせする スペイン語通訳・翻訳 / スペイン語講師 杉田 美保子さんのその他の記事 2024/04/09 業界コラム スペインには無い日本の魅力 No.17 2024/03/12 業界コラム スペインには無い日本の魅力 No.16 2024/01/10 業界コラム スペインには無い日本の魅力 No.15 2023/12/12 業界コラム スペインには無い日本の魅力 No.14 2023/11/14 業界コラム スペインには無い日本の魅力 No.13 2023/10/11 業界コラム スペインの知られざる文化 No.65 2023/09/12 業界コラム スペインの知られざる文化 No.64 2023/07/11 業界コラム スペインには無い日本の魅力 No.12 2023/06/13 業界コラム スペインの知られざる文化 No.63 2023/05/09 業界コラム スペインには無い日本の魅力 No.11 2023/04/11 業界コラム スペインには無い日本の魅力 No.10 2023/03/14 業界コラム スペインには無い日本の魅力 No.9 2023/02/14 業界コラム スペインには無い日本の魅力 No.8 2023/01/11 業界コラム スペインには無い日本の魅力 No.7 2022/12/13 業界コラム スペインの知られざる文化 No.62 2022/11/08 業界コラム スペインの知られざる文化 No.61 2022/10/12 業界コラム スペインの知られざる文化 No.60 2022/09/12 業界コラム スペインの知られざる文化 No.59 2022/08/09 業界コラム スペインの知られざる文化 No.58 2022/07/12 業界コラム スペインには無い日本の魅力 No.6 2022/06/14 業界コラム スペインの知られざる文化 No. 57 2022/05/11 業界コラム スペインの知られざる文化 No.56 2022/04/12 業界コラム スペインの知られざる文化 No.55 2022/03/08 業界コラム スペインの知られざる文化 No.54 2022/02/08 業界コラム スペインの知られざる文化 No.53 2021/12/14 業界コラム スペインの知られざる文化 No. 52 2021/11/09 業界コラム スペインの知られざる文化 No. 51 2021/10/12 業界コラム スペインの知られざる文化 No.50 2021/09/14 業界コラム スペインの知られざる文化 No.49 2021/07/13 業界コラム スペインの知られざる文化 No.48 足立 正二安藤 真安藤 繁青木 徹藤嶋 正彦古川 怜後藤 一宏濱﨑 利彦早川 美由紀堀田 智哉生田 幸士大西 公平䕃山 晶久神吉 博金子 成彦川﨑 和寛北原 美麗小林 正生久保田 信熊谷 卓牧 昌次郎万代 栄一郎増本 健松下 修己松浦 謙一郎光藤 昭男水野 勉森本 吉春長井 昭二中村 昌允西田 麻美西村 昌浩小畑 きいち小川 貴弘岡田 圭一岡本 浩和大西 徹弥大佐古 伊知郎斉藤 好晴坂井 孝博櫻井 栄男島本 治白井 泰史園井 健二宋 欣光Steven D. Glaser杉田 美保子田畑 和文タック 川本竹内 三保子瀧本 孝治田中 正人内海 政春上島 敬人山田 明山田 一米山 猛吉田 健司結城 宏信 2024年5月2024年4月2024年3月2024年2月2024年1月2023年12月2023年11月2023年10月2023年9月2023年8月2023年7月2023年6月2023年5月2023年4月2023年3月2023年2月2023年1月2022年12月2022年11月2022年10月2022年9月2022年8月2022年7月2022年6月2022年5月2022年4月2022年3月2022年2月2022年1月2021年12月2021年11月2021年10月2021年9月2021年8月2021年7月2021年6月2021年5月2021年4月2021年3月2021年2月2021年1月2020年12月2020年11月2020年10月2020年9月2020年8月2020年7月2020年6月2020年5月2020年4月2020年3月2020年2月2020年1月2019年12月2019年11月2019年10月2019年9月2019年8月2019年7月2019年6月2019年5月2019年4月2019年3月2019年2月2019年1月2018年12月2018年11月2018年10月2018年9月2018年8月2018年7月2018年6月2018年5月2018年4月2018年3月2018年2月2018年1月2017年12月2017年11月2017年10月2017年9月2017年8月2017年7月2017年6月2017年5月2017年4月2017年3月2017年2月2017年1月2016年12月2016年11月2016年10月2016年9月2016年8月2016年7月2016年6月2016年5月2016年4月2016年3月2016年2月2016年1月2015年12月2015年11月2015年10月2015年9月2015年8月2015年7月2015年6月2015年5月2015年4月2015年3月2015年2月2015年1月2014年12月2014年11月2014年10月2014年9月2014年8月2014年7月2014年6月2014年5月2014年4月2014年3月2014年2月2014年1月2013年12月2013年11月2013年10月2013年9月2013年8月2013年7月2013年6月2013年5月2013年4月2013年3月2013年2月2013年1月2012年12月2012年11月2012年10月2012年9月2012年8月2012年7月2012年6月2012年5月2012年4月2012年3月2012年2月2012年1月2011年12月2011年11月2011年10月2011年9月2011年8月2011年7月2011年6月2011年5月2011年4月2011年3月2011年2月2011年1月2010年12月2010年11月2010年10月2010年9月2010年8月2010年7月2010年6月2010年5月2010年4月2010年3月2010年2月2010年1月2009年12月