スペイン語通訳・翻訳 / スペイン語講師

杉田 美保子

スペイン・バルセロナ滞在27年を経て、2015年に帰国。...もっと見る スペイン・バルセロナ滞在27年を経て、2015年に帰国。
石川県金沢市でスペインの生活や、スペイン語の楽しさを細々と伝授中。「故郷」バルセロナとはリモートでの繋がりが中心となっている中、余暇に畑を耕したりしながら、日本の生活も楽しんでいる。
京都のバルセロナ文化センターのスタッフとしても、どのようにしてスペイン語の面白さをみなさんに伝えられるか、日々模索中。

スペインの教育文化スポーツ省認定のスペイン語能力試験 DELE の C1(上級)所持。

太陽が暖かく感じる日々が続いていますね。このコラムが出る頃には、桜も落ち着き、入学式も落ち着き、春を楽しむだけ、になっていますように。さて、今月は、久々に私の知り合ったスペイン人たちの1人、とあるマジシャンについてお話ししましょう。

マジックって、夢いっぱい!

「とある」と言うと大変失礼なのですが、実はスペインではとっても有名人なのが、マジック・アンドレウさん。彼に出会ったのは「Jugar X Jugar(スペイン語読みではフガール・ポル・フガール、実際はカタラン語なので発音は違います)」、意訳すると「遊ぶだけ遊ぶ」となり、何しろみんなで遊んじゃえ、と言うイベントに招待された時のことです(去年のコラムでちらっとお話ししました)。

病院での活動の合間にジャンプ! これから子供達と遊ぶので、笑顔の充電

この時、ちょうど地球上で地震が頻発したため、その復興を願い「折り紙で七夕飾りを作ろう」というのが、私たちのブースでのテーマでした。この遊び満載のイベントには、ボードゲームをひたすら楽しもう、と言うグループ、ゲームクリエイターたちの新ゲームのお披露目会、などなど多彩で、何しろ「楽しく遊ぼう」がテーマだったので、その一つのブースにマジック・アンドレウさんも様々なマジックを紹介するために参加していたのです。自分のブースにかかりきりで、アンドレウのブースは覗けなかったのですが、一日中笑いと驚きの声が響いていた、と後で知りました。

スペインに27年滞在した、と言うと聞こえはいいのですが、実はスペインの文化には疎いのが筆者。「マジック・アンドレウ」が誰か、と言うことは、それから後になってから知るのですが。

イベントが終わり、撤収作業をしていると、突然の雨、それもかなり激しい通り雨が降り始め、テントの中でみんなが足止めを食っていた時にアンドレウに話しかけられました。「僕、マジック・アンドレウって言うんだけれど、君のイベント見たよ。あれ、Papiroflexia(パピロフレキシア、折り紙)だよね。君は何て言う名前?」から始まり、自己紹介とおしゃべりが始まります。私の反応が普通ではなかったのが幸いし、会話は普通に続きます。と言うのも、一緒に参加したスペイン人の女の子は、「あ! すごい、マジック・アンドレウだ!」と興奮してそわそわしていたからです。無知って、たまにはいいことあるのですね(笑)

「日本ではOrigamiって言って、千羽鶴に始まって、様々なものをたった一枚の紙で作り上げる、と言うのが基本なの」と教えると、しばらく考えて、「僕、小児ガン病棟に週一回マジックをしに行っているんだ。サロンに子供達を集めてマジックを披露したり、ベッドから動けない子達には、各病室を回るんだ。きっとこのOrigami、みんな喜ぶと思うんだ」と電話番号の書かれた紙を手渡されました。「基本木曜日の午前中から、時間の許す限り。これは自主活動だから、仕事としての依頼じゃあないけれど、昼食は出せるから、もしできると思ったら連絡して」。

何にでも興味を持ってしまう筆者、早速電話して、次の木曜日に病院を訪ねることになったのです。アンドレウの立ち上げた活動は、「Sonrisa sin frontera(国境なき笑顔)」と言い、スペイン国内にとどまらず、ネパールにまでその輪を広げています。

普段はマジシャンとしてショーをしたり、マジックディナーをしたり。娘さんとのコラボは必見。このウサギと胸のメダルがポイント

そんなわけで、それからほぼ4年ほど、木曜日に仕事がオフになるたび(というか、木曜日は仕事を入れなかったのですが)、日中は病院、夕方は俳句のラジオ(2019年のコラムでお話ししたラジオです)へ行くことになったわけです。

なにしろ子供達から笑顔を引き出すのが上手!

アンドレウのいる病室からは、いつも子供達の大はしゃぎの声が聞こえてきました。彼の他にも数人メンバーがいたのですが、1人はマジック大好きで、アンドレウを目標にしているイスマエル君で、長い風船を何本か膨らませてねじり、犬、うさぎ、クマやお花などを作り、子供にプレゼントしたり、特訓中のマジックを披露したり。マルタさんは人形やぬいぐるみを持ち、腹話術や、子供たちに夢のあるお話を聞かせるて回るのが得意でした。各自、真っ赤なワゴン車に様々なグッズを詰め込んで、病室をまわっていきます。なにしろ、子供達の笑い声が、私たちへのご褒美だったからです。

お昼が出る、となると、日本ではお弁当を連想しますが、病院では、医療関係者の利用する食堂で食べる、というスタイルでした。それぞれのメンバーが食券を出すための磁気カードをもらって、まるで病院の関係者のような顔をして昼食をいただくのです。テレビや舞台でマジックを披露するアンドレウは人気者で、そしてアンドレウは職員と通り過ぎるたびにミニマジックを披露し、長時間の勤務や、重体の患者さんを担当して疲れているスタッフたちにホッとした時間を提供します。白衣の職員が多い食堂で、真っ赤なベストを着た私たちは、かなり目立った存在でしたが、不思議と違和感はなく、そこに日本人が混ざっていても、誰も気にしていない様子。そう言うところがバルセロナの好きなところでした。

マジック・アンドレウは40年以上も手品を追求し、テレビ、劇場、イベントなどなど引っ張りだこのマジシャンで、彼を知らない人はスペインにはいないわけなのです。「でも、でも、でも、私は2011年にイベントで出会うまで、彼のことを知らなかった」。これって、許されることではないですよね? どれだけすごい人に出会っているんだい、ミホコ、です。

街角で、学校の講堂で、なにしろ人を驚かすアンドレウ

2012年には、アンドレウの活動は、はるか彼方、ネパールにまで及ぶことになります。「子供たちの笑顔、これは世界中で見たいよね」と言っていたのを思い出しました。「お腹の底から笑って欲しいんだ、スペインの子供だけじゃなく、世界の子供たちに」と。確かに、アンドレウのショーは、「ああ、素晴らしい手品だ」だけではなく、何しろ観客を笑いで包み込む、というスタイルで、だから小児ガン病棟でも子供たちが木曜日を楽しみにするわけなのです。アンドレウが年に数ヶ月バルセロナを不在にし、ネパールで活動している様子はフェイスブックで共有してくれていました。その間、病院では、「マジックは? 来ないの? いつ来るの?」というのが合言葉。全ての子供たちが、マジック・アンドレウの訪問を心待ちにし、来ないと知ると、残念そうな顔になるのです。

ただ、そこで病院でフォローしていたのが、アンドレウの娘のジュアナさん。同性から見てもホレボレする美貌と才能! さすが、幼少の時からお父さんと舞台に出ていた経験、度胸は、お父さん譲り。実際に舞台を観に行った時には、スポットライトに照らされた彼女の織りなすマジックに、釘付けになったこと数々。お父さんのユーモアいっぱいのショーとは違い、別の意味で観客を魅了する娘さん。そしてその2人がコラボすると、最強のマジックショーが見られるわけですね。

驚きで思わず爆笑の子供達。声まで聞こえて来そう

なにしろ底抜けの明るさ、そしてユーモアたっぷりのアンドレウ。彼に引き寄せられ、老若男女、言葉も通じないのに笑っています。それは、彼が言葉で語りかけるのではなく、心をぶつけて行っているからなのでしょう。では、最近はどうなのでしょう? 

去年の2月のボイスメッセージでは、「ご想像通り、マジックショーの開催もままならず、ネパールにも行けてないよ。ミホコはいつバルセロナに来る? 僕が日本に行くっていうのもいいね。でも、それはいつになるんだろうね。これからどうなるだろうね。早くネパールに行きたいよ。じゃ、また会おうね」という近況報告があったきり、みなさんもご存知のように、新型コロナ感染症Covid-19の影響で、国内での移動もままならなくなりました。日本国民は憲法に保障されているおかげで、厳しい「強制」はかからなかったのですが、スペイン国民は厳格な強制ロックダウンにより、かなりの我慢を強いられたのです。

子供達に囲まれるマジック・アンドレウ

そして久々に連絡をしてみると、相変わらず元気そうでした。屋内でのマスク着用義務はまだあるものの、屋外ではマスク着用義務が解除され、様々なイベントが自由に開催されるようになり、人々の生活も活気づいてきているそうです。そんな中、「来月カトマンズに行くことになったよ!」という嬉しいメーセージが飛び込んできました! 私も2020年4月の里帰りがキャンセルとなり丸2年経ち、日本から出られない日々が続いてるわけですが、彼は一足先にネパールに行くんだそうです。なにしろ羨ましい限り。ああ、早く自由に動ける日が来て欲しいものです。

マジック・アンドレウ(El Magic Andreuのホームページの1ページ)

今月のフレーズは
Una sonrisa vale más que mil palabras. (ウナ・ソンリサ・バレ・マス・ケ・ミル・パラブラス)
「一つの笑顔は、1000の言葉よりも価値がある」

※ 本コラムに掲載している写真は2019年以前に撮影されたものです。