ノルベンとの出会いは、折り鶴がきっかけでした。2011 年に起こった東日本大震災被災地への協力のため、「折り鶴を教わったお礼に寄付をしよう」という風潮がスペイン各地で起こりました。折り鶴というのは、折り始めると、なかなかやめることができず、当時小さく切った折紙をポケットに常備していた筆者は、地下鉄の中でも折り鶴を折り、偶然隣り合わせになった子供たちなどにプレゼントしたもので、折り紙文化、特に折り鶴は、平和と祈りの象徴として急速に世界各国の街に浸透していきました。
折ろうか、切ろうか。紙の魅力


通勤時ももちろん、折り鶴を折りながら、バスと徒歩で約 25 分。都会の真ん中ではなく、少し山手にあった会社への通勤途中で、ノルベンの自転車に出会ったのです。赤くて、前かごには色々なデコレーションが。大小様々な大きさの鈴が 6-7 個付き、「おチビさんたちが遊ぶための鈴なので、持って帰らないでね」という手書きのポップ付き。そこで「このカゴに折り鶴を入れちゃえ作戦」が始まったのです。一日にそれぞれ往復で合計二つの折り鶴を入れたのですが、自転車の脇を通るたびに、鶴はなくなっているので、持ち主の元には、相当の折り鶴が溜まっていったはずでした。「何だと思っているかな? いつ私の正体を伝えるかな? この自転車の持ち主はどんな人かな?」などなど、想像の日々が過ぎていきました。また、La Bici de Angel Guimera 36 という名でフェイスブックのページが開かれ、毎日自転車の写真や、その日にあったことなどが掲載され始めました。このノルベンの自転車は、地域のアナログフェイスブックとなるぐらい、色々なコメントが集まったり、子供たちがプレゼントをしたり、という人気者になっていったのです。

ある日、自転車の飾りが変わっていました。何と、小さな鶴たちがカゴの縁やハンドルに登場していたのです。色とりどりの折紙でできた鶴。モールと共に自転車に取り付けられていました。何しろ年間 300 日は晴れ、というバルセロナ、紙でできていても雨に濡れることが少ないので安心です。濡れて壊れれば、まだまだたくさんの鶴がある、というくらいの日々がすぎましたが、それでもまだノルベン本人とは会っていなかったのです。

ノルベンに会ったのは、私たちにとって最悪の日でした。
何と、彼女の自転車、La Bici de Angel Guimera 36 が、燃やされていたからです。いつものように出勤の途中、鶴を片手に坂道を登ると、自転車の写真を撮っている人が見えました。自転車の前かごの飾りは灰と化し、鶴も黒焦げ状態。「え? 何事が発生したの?」とばかりに近づくと、「あ、もしかして、フェニックスの人?」「あ、もしかして、自転車の持ち主さん?」とお互いに目を見張ったのでした。これが、ノルベンとの出会い。最初の折り鶴の投げ入れから二ヶ月ほどたった、初夏の朝でした。
偶然にも、ノルベンも紙を扱うアーティストだ、と知ったのは、それから少したってからで、通勤の帰宅途中にお茶に誘われ、彼女のアトリエ兼自宅に行った時のことです。真っ白な紙が、カッターで綺麗に細工され、白い紙の作り出すレリーフに、黒い影が写り、まるで白黒の写真を見るかのような建物や、鳥の羽、お花などが壁に飾ってありました。
「最近、自転車の調子が良くないので、あまり遠出はしないのだけれど、毎日自転車を見るたびに、フェニックスが入っていて、『これ、何の意味があるんだろ? 誰が入れて行くんだろ?』とみんなに言っていたところなのよ」とニコニコと話すノルベンは、フランス人とメキシコ人のハーフ。ヨーロッパと中米の二つの文化を持つ彼女の話し方は、とても人懐こく、可愛く、それでいて自分を持った口調で、会う人、会う人を魅了する、チャーミングな人。
彼女には折り鶴の意味を説明し、それからはバルセロナで行われる復興イベントには必ず顔を出してくれるようになったのです。

彼女と出会って、五年の月日が経ちました。
人生は決してコンスタントであってはいけない、と言わんばかりに、彼女が自転車を停める場所も変わり、筆者の通勤では彼女の自転車のそばを通らなくなり、二人の接点は少なくなってきました。彼女の自転車に折り鶴が入ることもなくなりました。それでも、年に二、三回は会うようにしていました。
そんな彼女の最近の活動は、バルセロナの旧市街、ゴシック地区に移っての、アトリエ兼ギャラリー展開です。地元アーティストたちとはもちろん、国外のアーティストたちとの交流、Disseny HUB Barcelona を始めとした様々なアートイベントへの参加、ワークショップの開催など、精力的に活動しているのです。彼女のアートは、切り紙が中心にもかかわらず、その切り紙を使い、折り紙を、それも折り鶴を作る、ということにも発展しています。そう、彼女の折り鶴への想いは、偶然、別のアーティストとのコラボへと発展して行くのです。彼女の切り紙で作った羽を使い、クリスチャン・マリアンシウクが華麗な折り鶴を製作する、ということになったのです。
筆者の作った折り鶴が非常に地味に見えるのですが、冒頭の綺麗な羽のついた鶴が、その作品です。

バルセロナ中心にあるディープなゴシック地区。
新しいものと古いものがとても絶妙に混ざっているこの地区では、いろいろなアートを目にすることでしょう。そのひとつが、このノルベンの Talent Lab です。彼女自体、緻密な切り紙細工を作るアーティスト。イラストからオブジェ、ランプに至るまで、ギャラリーはいろんな「かわいい」「素敵」「緻密」なもので満載。ぜひ、お散歩がてら、足を運んでみてはいかがでしょうか?


ノルベンについて。
Nolvenn Le Goff
https://www.facebook.com/TalentLabBarcelona/?fref=ts
クリスチャンについて。
Cristian Marianciuc
https://www.instagram.com/icarus.mid.air/
¡Nos vemos!
(ノス・ベモス、「また会いましょう!」の意)
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